「家事のミカタ」はハウスクリーニングや家事代行の情報をはじめ、家事や暮らし、子育てに関するコラムを掲載しています。
2015/10/05 (月)

産婦人科医師・吉田穂波さん「頼むことは人とつながることそして、自分が成長すること」

構成・取材・文/今井早智 撮影/刑部友康
国立保健医療科学院で災害時の母子保健システムの構築に取り組む産婦人科医師、吉田穂波さん。私生活では1歳から10歳まで5人の子をもつ母であり、過去には当時3人だった子どもを連れてハーバード大学院への留学も果たしています。東日本大震災では被災地に飛んでいき、妊婦と赤ちゃんのために奔走しました。自分が成長し、やりたいことを実現するには、時に人に頼ることも必要だとして「受援力」──助けを求め、助けを受けるスキル──を推奨する吉田さんにお話を伺いました。

人に頼るのは意外に難しい

──研究の仕事と、家事と、5人のお子さんの子育てと。とても時間が足りませんね?
吉田:全部ひとりでやろうとしたら、それは確かに足りません。だから、人に任せられること、私より上手にできる人がいることは、どんどんお願いするようにしています。特に家事。ヘルパーさんは私だったら1時間かかるような料理を──といっても煮物や野菜中心の普通の和食なんですが──ぱぱっと15分くらいでつくって、掃除や洗濯も済ませてしまいます。たぶんその方に限らず、ヘルパーさんは家事にかけては私よりずっと優秀です。だから家事はお願いして、その分私は私の得意なこと、やるべきことに時間を割く。今だったら、災害時に妊婦さんやお母さんと子どもたちがきちんと守られる仕組みをつくることです。

──時間の使い方をまとめた著書もありますが、やはり、上手に人を頼りましょうと説いています。
吉田:頼るのが意外と難しいからです。私にしても子どもが2人目くらいまでは、「自分一人でマネジメントできないなら手を出すべきじゃない、できるとわかっていることにしかチャレンジしちゃダメだ」と思っていました。当時は仕事と子育てに忙殺されて家事も「やらされ感」が強く、いくら頑張っても仕事上では評価が下がり、自分にダメダメの烙印(らくいん)を押していました。自己価値観が低下していたから、逆に、人に頼らずに頑張りたいと強がっていたのかもしれません。

──それが変わったのはなぜでしょう?
吉田:ただでさえ大変な日々の中、長女が重症のぜんそくで繰り返し入院し、仕事に行けなくなってしまったんです。息ができないというのはこんなに不安でつらいのかと、入院している長女がひどくかわいそうで、母親の自分までかわいそうに思えてきて。夫は仕事を休めないし、困り果てて実家の母に電話したら、「それだったら人に頼りなさい。貯金を崩してでも家事代行やベビーシッターを頼みなさい」と。最初はとても躊躇(ちゅうちょ)しましたよ。病気で苦しんでいるわが子の付き添いを他人にお願いしてもいいものかと。でも、来てもらったシッターさんは子どもの相手が上手な方で、私の前では泣き叫んでいた長女もシッターさんと遊んでもらったら気持ちが切り替わったのか、落ち着きを取り戻したんです。その方だったから特別ということではなく、力になってくれるような方ならどなたでも、後光が差して見えたと思うんですよね。

──ひとつ、突破できたのですね?
吉田:子どもの看病のような、育児のなかでもとても人には任せられないと思っていたことに白旗を揚げたことで、すっとラクになりました。子どもにとって母親がナンバーワンなのは当たり前だけれど、オンリーワンで孤軍奮闘して育てなくてもいい。海外の詩に、母親は弓で、子どもは放たれる矢なのだというような一節があります。母親は子どもを産み落とすだけで価値があるという意味だと解釈していますが、私も最初の子のときは、親が先回りしてやり方を示し、教えてあげないと子どもは育たないと思っていました。でも、そうじゃなくて、人が育つ力は最初から子どもの中にプログラミングされているんだなと、子どもが増えた今はよく分かります。

ハーバードでは感謝の言葉と笑顔で恩返し

──そんななかでの、子連れのハーバード大学院留学です。
吉田:思い立ったのは2人目が生まれたころです。臨床医は現場にいないと信用されません。子育て中の私が現場に張り付いているのは無理で、でも、こんなに頑張っているんだからもっと認めてほしい、ならば留学して自分の強みや得意分野をつくろうと決心しました。

──決心して実現させるところがすごいです。
吉田:先にも言いましたが、追い込まれていたんです。認められなくて悔しくて悔しくて、ヒントを求めて本を読みあさりました。『7つの習慣』とか、『思考は現実化する』とか、『3週間続ければ一生が変わる』とか。そこでいろんな格言に出会って、ショックを受けたんです。例えば、「困難だから、やろうとしないのではない。やろうとしないから、困難なのだ(セネカ)」とか、「忙しさにこれで十分ということはない。蟻も忙しいのだ。問題は、何にそんなに忙しいのかということである。(ソロー)」とか。ノートに書き付けて見返しては決意を新たにすることで、愚痴ばかりこぼしていた姿勢が変わりましたね。でも、私、ハーバードのほかに3つの大学院を受けて、一つは補欠、あとの2つは落ちたんですよ。留学を終えて帰国してからも就活が思わしくなく、現職に就くまで転々としました。経歴には結果として成功した部分しかありませんが、陰ではその100倍ぐらいチャレンジして、たくさん失敗しています(笑)。それでも、自分だけは自分のことを見捨てないぞ、投げないぞ、クサらないぞという気持ちはどこかでもち続けていました。

──なんだか勇気づけられます。ハーバードでの生活はどんなふうだったのですか?
吉田:もちろん猛烈に勉強しました。でも、私生活では日本にいたとき以上に人の助けを借りっ放し。保育園の入園や、医療保険、アパートメントなど、詳細は省きますがうまくいかないこと続きで、そのたびに「助けて」と声を上げることで苦境を切り開いてきたんです。お金もない、肩書きもない、英語力もない。ないない尽くしで立場は移民のようなものでしたから、感謝の言葉と笑顔しか差し上げるものがなく、それでせめてもの恩返しをして、みんなに助けてもらった感じです。弱い立場で助けられる経験をしたことで、私の人生観が変わり、認めてほしいという思いよりも、他の人の役に立ちたい、社会に貢献したいと強く願うようになりました。それが今の仕事につながっていると思います。

頼むことは相手への信頼を示すコミュニケーション

──人に「頼む」ことの定義を変えたいとおっしゃっています。
吉田:そうですね。頼むというのは身勝手や甘えではなく、相手への信頼を示すコミュニケーションの一つで、相手の価値を高めることだと思うんです。頼られれば誰でもうれしい。頼るときは自分がみっともなく思えて恥ずかしかったり、断られたらどうしようと心細くなったりしますが、自分が頼られたときのうれしさを思えば、頼ることで相手のいい面や喜びを引き出していることも分かるでしょう。
私は3.11で被災地支援をしているとき「受援力」という言葉に出合い、その必要性を痛感しました。というのも、妊婦さんたちはお産の場所もない中で、「他の人も大変なのに私だけが迷惑かけられません」というようなことを言うんですね。私は「いいんですよ。もっと頼って。むしろ頼られるほうが私たちは嬉しいし頑張れるから」と言ったのですが。

──頼るコツはあるのでしょうか。
吉田:まずは感謝の気持ちを惜しまず伝えることでしょう。それも、「あなたはすごい」というより「私はこれだけ助けられました」と「I(アイ)・メッセージ」で表現したほうが伝わります。頼まれたらOKしたくなる、助けたくなる人になるためのポイントなどをまとめた小冊子もつくったのですが、自分の感謝や喜びの感情を伝えることが、お金以上に相手の満足感、幸せ感を引き出すことがあります。例えば、私が実践している中では、ヘルパーさんと毎日交換日記をやりとりすることがあります。これはノートでなくても、携帯でもできますね。「いつもありがとうございます」と感謝の気持ちを伝えてから、「肉ジャガがおいしくて子どもが喜んで食べていました」など、具体的なことを書く。毎回同じ内容になってもいいので、必ずお礼の言葉を書く。気持ちよく人を頼り、相手も気持ちよくサポートできるような状況をつくるのに役立ちます。

──働くお母さんたちが「受援力」を身につければ、本人も家族も幸せに過ごせそうです。
吉田:頼むことは人とつながること。そして、頼むことは自分が成長すること──いつか誰かに頼られる存在になること。これを、私は子どもから教わりました。子どもは当たり前のように人に頼んで、してもらって、やがて自分もできるようになり、するとほかの子や年下の子に頼られる存在になり、助けてあげる立場になります。人は子どものときは素晴らしい「受援力」があるのに、大人になったら忘れてしまう。人は人に頼って支え合って成長する。お互いに頼りあうことで、新しい何かにチャレンジできるんだというのを、子どもを見ながら、日々実感しているんですよ。
医師だからでしょうか。常に死と隣り合わせで、生きたかったのに生きられなかった患者さんたちや数時間の命しか与えられなかった赤ちゃんなどを見てきていますので、それこそ、1分1秒を大事に惜しむ気持ちになります。時間と健康。それが私の最も大切にしているものです。でも、時間も健康も有限ですから、優先順位をつけるようになる。時間がないなかで、いらいらしながら料理を並べるより、ヘルパーさんがつくってくれた健康的でおいしい料理を子どもと一緒に、子どもの目を見て、話を聞きながら味わいたい。だから私は、人の力を借りるんです。

プロフィール

産婦人科医師。医学博士。公衆衛生修士。ドイツ、英国、日本での医療機関勤務などを経て、2008年に夫と当時3歳、1歳、生後1カ月の3人の子どもを連れてハーバード公衆衛生大学院入学。2年間の留学生活中に第4 子を出産。2010年に大学院修了後、同大学院のリサーチ・フェローとなり、少子化研究に従事。帰国後、東日本大震災では産婦人科医として妊産婦と乳幼児のケアを支援する活動に従事した。2012年より国立保健医療科学院・生涯健康研究部主任研究官として公共政策のなかで母子を守る仕事に就いている。2013年11月に第5子を出産し、現在は1男4 女の母。著書に『「時間がない」から、何でもできる!』(サンマーク出版)

構成・取材・文/今井早智 撮影/刑部友康

人気記事ランキング集計期間:過去30日分

関連キーワード

あわせて読みたい関連記事

ハウスサービス一覧